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2009-11-08

他人の子 どう叱れば?

 この「他人の子 どう叱れば?」との文面だけ読むなら普通に叱ればよいし、迷いがあるならやめればよいのでは?と思ったが、その文面の続きを読むと「他人の子 どう叱れば?」との内容と少々違っていて、子供のケンカに親がどう口をはさむか?である。
 皆さんご存知のように子供のケンカに大人の口出しは厳禁である。

 最近、新聞やネットで気になった記事の中で共通しているのが、子供の私物化適な扱いです。
 子供を育てるのは親の責任なので、親の育て方に他人が口出すことはゆるさない適な考えが多いいが、親が無くても子は育つし現実に親のいない人でも立派に育っています。

 皆さんも再認識していただきたいのは、子供も一人の人間で、未熟では有るが一人の人間なのです。
 子供は未熟であり他人の助けや教えがないと一人では生きていけないのでそれをサポートするのが親なのです。
 サポート役の親が自己の一時的感情で指導したり、自己満足のために強要したりと親自体、体は大人だが心が子供のままの人間では頼りない。
 せめて、見本にならなくても子供から見て頑張って私の事助けてくれたり教えてくれているのだと思わせてほしい。
 そうでないと、子供が子供を育ててもまともな大人には育たないように結局は、体が大人の心が子供に育ってしまいます。

 幼児虐待でネックになるのが大人の皮を被った子供の親である、日本にもこの手の親が目につくようになりこれから深刻な状態になるでしょう、でもこの状況はすぐには解決しないでしょう、何故ならこの歪んだ社会の副産物だから。
 また、因果応報はご存知でしょうが、幼児虐待の親のほとんどがやはり親からの虐待を受けている事が多く、これまた厄介である。

 子供のサポートは親だけでなくても皆でサポートすれば良いことであり、他人の子供のサポートをしても差し支えないと思うが、やはり前にも書いた「子供の私物化適な扱い」の考えから他人に口出しされると頭にくる親がいるのが現状である。

 さて、あなたなら「他人の子 どう叱ります?」一時的感情で指導したりしないで、1対1の対等な人間としてあなたのスタイルで指導できますか?
 叱る≠指導、叱る=注意する、みなさんどうでしょうか?注意するだけでは子供は納得しません、如何して良くないのか?どうすればよいのか?どうすべきだったのか指導するべきでないでしょうか?何度も書きますが、一時的な感情だけで注意すると後で後悔するのは自分でありその誤った行動を子供に後で謝れますか?

 ただし、答えは無いでしょうがあなたの育てた子供が大人になりその子供を見れば、あなたの答えも見つかるでしょう、まず悩むより行動し大人としての責任をもち結果を楽しみにして下さい。

 まずは、家族でサイクリングに出かけて風を感じて悩みを忘れて下さい、きっと素敵な明日が来るかも?…多分、もしかしたら。

以下はこのサイトでの定義である。

  • 大人…自分の行動に責任が取れる人
  • 子供…一人で自立して生きていけない人
  • 叱る…一時的な感情での行動であり指導で無い行動
  • 指導…誤りを諭し、正しい道へ導く行動
  • 幼児虐待…外傷だけでなく、精神的なダメージも含む親による行為
  • 大人の皮を被った子供…人生経験が豊富であり、自分の行動に責任がもてないで口の達者な大きな人である 
 
 

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