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2009-10-20

幼児虐待

 あるサイクリングイベントで、親子で参加でき完走した小学生をほめていたが、このイベント事態幼児虐待のイベントに過ぎない、大人の尺度で走る距離も子供にとっては大変な距離である事に気づかない大人に幻滅しました。 

 何故でしょう考えて下さい、大人の体力・体重は平均で自転車走40キロで体重60キロで自転車の重量は15キロ、体重1キロに対して0.25キロですが、小学生なら学年により違いますが、30キロの体重に自転車の重量は15キロ、体重1キロに対して0.5キロ。
 小学生の体力で自転車走なら20キロ程度で大人の半分の体力しかありません。
ただし、体の回復力・柔軟性があり体にダメージを受けても外的に分からないのが現状でしょう。
 体力・重量に対して大人の4倍のハンディを科せられた子供に大人の尺度でほめられたりそうで無かったりと区別したりして私は疑問に思います。
 この大人たちの無知な知識と子供の従順さを良い事に、サイクリングイベントを実行して、せめて大人の四分の一、半分でも子供へ絶賛の気持ちが在って良いと思うのですが?

 ただし、自己中心的な人物ほど尊敬されるもので、私的には生りたくない人間像です。

 あなたの周りにもこのように大人の尺度で考えられたイベントが実行され、子供の従順さを好い事に物事を見過ごしていないでしょうか?

 大人の尺度で考えた事を子供に押し付けても無理です、あくまで子供の尺度で物事を考えて下さい。 
 矛盾した言い方ですが、人間社会は大人の尺度で作られたものであり、すべてにおいて子供の尺度で考えるのではなく、頭の片隅に子供の尺度を思いつつ大人の尺度を実行する事が大事ではないでしょうか?

 これが「思いやる」気持ちでしょうか?

 人とは、厄介な生き物です。

 自分の行動が自分の意思で遂行されているのに誰かの意図的な受動的行動を起こしているような解釈をし、自分の意思と反した行動と認識しているのには、少々妄想的で且つ単純な思いつきのようで笑えてしまう。

 人は、人として生まれ消え去る存在だが、人が人として有るべき姿を替え、人で無い者のとして消えようとは人として人ではない姿にあこがれるからだろうか…。

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